夏の暑さが身に染み入る今日この頃。
動かずとも、肌にじんわりと汗が浮かぶ。
それでも今日はいくぶんか過ごしやすくもある。
時々吹く風のおかげだろう、風は汗ばんだ肌をすうっと撫でてはどこかへと去っていった。
だが、涼しく感じるのはそれだけのおかげではない。
凛としてそれでもどこか可愛らしく、耳に残る澄んだ音色が心を落ち着かせてくれた。
―――― チリーン ――――
その音色は風と共にやってきては去っていく。
今までに聞いた事のない音色だけれど、とても心地よく、どこか懐かしさを感じさせた。
「何の音色だろ?ん〜・・・なんか、落ち着くなぁ・・・」
―――― チリン チリリリーン ――――
そう呟くとまたあの音色が聞こえてきた。
でも今度は風は吹いてはいない。
次第に、風がないというのに、あちらこちらからあの音色が聞こえてくる。
近くから、遠くからと様々に。
椅子に沈めていた身体をゆっくりと立ち上がらせると、外が眺められる窓へと近づいてみた。
そこから外を眺めてみると、そこには道行く人々の姿。
その人々によく目を凝らすと、どの人も同じような物を手にしていた。
老若男女と幅広く、そして皆同じような表情をしている。
とても嬉しそうな顔。
なんだか見ているこっちまで心が温かくなった。
どうやらあの澄んだ音色は、あの人々が手にしている“何か”からするらしい。
薄く、手のひらよりも小さい金魚鉢を逆さにしたようなものが棒の先につるしてある。
その逆さの金魚鉢のような物の中にも、ビー玉のようなものがついていて、それが当たってあの音色が出ているということなんだろう。
「みんな持ってる。あれなんだろ?俺も欲しいなぁー」
眼下を通り過ぎていく人々が手にしている物を羨む。
何というのかもわからないし、ましてや何処に売っているのかもわからない。
ただ見ているしかない・・・・・・と、おとなしくしている性質ではもちろんない。
掛けてある帽子のもとへと行くとそれを手にする。
それを被り、財布をポケットの中に入れ、準備万端整うと俺はにんまりと笑った。
「それじゃあ、宝探しにとでも行きますか!!」
そう意気込んで、俺は真夏の太陽の中へと宝探しに繰り出すのだった。
「んー、とは言ってもいったい何処に行けばいいんだか・・・」
勢い良く出発をしたのはいいものの、宝の地図があるわけでもなく早速迷う。
取りあえず例のあれを持っている人が来た道を逆にたどってはいるものの、あっているのか正直不安だ。
でも、他にいい案が見つからずそのまま続行中。
「やっぱ誰かに聞くかな・・・。あ、あれ可愛いな」
横を手を繋いだ親子が通り過ぎてゆく。
頭の両脇でおさげをしている幼い少女が、繋いでいない方の手で例のあれを大事そうにしっかりと握っていた。
ついついその少女が持っている物に目がいってしまう。
例のあれはゆらりと揺れて、あの可愛らしい音色を奏でる。
少女も、その母親も嬉しそうに笑っていた。
自分の事でなくっても、やっぱり人が嬉しそうにしているのを見るとこう、ほんわかとしてくる。
だから俺もついつい頬が緩んでしまった。
そのまま少しの間その親子の後姿を歩きながら眺めていた。
それがいけなかった。
俺は自分が歩いている道と曲がり角がぶつかっている事にきずかず、さらに運悪く俺がその曲がり角を通り過ぎるのと人が出てくるのが同
時で、言うまでもなくぶつかってしまった。
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
のんびりと歩いていたからそんなにも衝撃はなかったけれど、予想もしていない急な事だったわけでさすがによろける。
野郎だったらそんなに心配はないが声からして女の子の様子。
俺はすぐさま曲がり角の向こう側へと急いだ。
「すいません!!・・・って藍華!?」
「気を付けなさいよ!ってじゃない。もう、勘弁してよ」
「ご、ごめん。ははは、ちょっとよそ見してて」
「はははじゃないでしょうが!」
「うう。すんません・・・」
なんともぶつかった人物は幸いな事に藍華だった。
幸いってのは変かもしれないけど、謝り易いとか、まあ、色々だ。
でも、幸いだと思っていたけれど逆に不幸だったらしく物凄く注意され事となった。
藍華が言っている事はごもっともなことで、何も言えず言われるがままになる。
さすが先輩と後輩という所か、なんだか晃さんに似てきたような・・・・・・
「なんか言った?」
「いえ、何も」
「反省が足んないわね」
「ええ!?滅相もない!うぅー、灯里とアリス見てないで助けてよ〜」
怒りが収まらないらしく、でもこのままいつまでも叱られるのは辛い。
傍らで静かに見守っているらしい灯里とアリスにSOSを送った。
「よそ見をしていた先輩には当然のことです」
「がーーん」
「ア、アリスちゃん・・・。藍華ちゃんもそのくらいにして、ね?」
「灯里だけだね・・・優しいのは」
「なんか言った!?」 「何かいいました?」
「・・・なんでもないです」
「ふ、2人とも落ち着いて」
口は災いの元だって良いことを言った人がいたもんだ。
灯里がなんとか2人をなだめてくれるまで俺はまたもや黙って2人のお怒りを受ける羽目となった。
灯里がいてくれて本当に助かったと心の中で言った。
「そういやさ、3人とも練習は?」
いつも3人そろっていれば練習をしていたような気がする。
今日はどうしてここに居るんだろうか。
そのおかげで・・・って藍華がなんか睨んでくる。
「あによ」
「何でもないですよ?」
「ふーん」
「そ、それよりさ。どしたの今日は?」
「今日はね夜光鈴を買いに来たの」
灯里は嬉しそうにそう答えた。
夜光鈴という言葉は始めて聞くけど、灯里の様子からとても良い物なんだろう。
灯里いわく素敵なものかな?
「やこうりん?」
「先輩、夜光鈴をご存じないんですか?」
「うん、全く」
「そうねー。風鈴ってとこかしら」
「・・・ふうりんって何?」
『風鈴も知らないの(んですか)!?』
と、灯里を除いた2人にすごく驚かれる。
そんなに驚かれると逆にこっちが驚きだよ。
そんなこと言われてもなぁと困って頭を掻き、灯里に助けを求める視線を送る。
俺の視線に気が付いた灯里も困ったような笑みを浮かべていた。
「地球(マンホーム)じゃ風鈴とかそういう風物詩はもう無いから」
「そそ。そういうこと」
「私もアリシアさんに教えてもらうまで知らなかったんだ〜」
「ふーん、にゃるほど」
「そうなんですか」
「だから火星(アクア)にとって当たり前な事でも、俺や灯里みたいな地球の人間にとっては初めてな事が多いんだよ」
「うんうん」
灯里は俺がそう言うと頷いてくれた。
これは地球出身者だけにしかわからないのだろう、藍華とアリスはそんな俺達を不思議そうな目で見ていた。
「説明するより見た方が早そうね。というわけで、も一緒に夜光鈴を買いに行くわよ!」
「でっかいきにいります」
「一緒してもいいの?」
「もち」
「やった!」
本来の目的は例のあれだけれど、こっちの“夜光鈴”とやらも気になる。
もしかしたら途中で見つけられるかもしれないし、わからなくても灯里達に聞けることだし、行くしかないでしょ。
「それじゃあ早速いこう!」
「うん!あれ?そういえばはどこに行こうとしていたの?」
「ん?ああ、欲しいものがあってさそれを買いに。でもどこに売ってるかわかんないんだよね〜」
「・・・呆れた」
「それで、先輩が欲しいものってなんなんですか?」
「んーとねー」
とは言っても名前も知らないわけで、説明したくてもいえない。
困ったなあと思っているとちょうど例のあれを持っている人が向こうから歩いてくるのが見えた。
なんとも好都合、俺は3人に近寄ると失礼ながらもあれと指をさした。
全員の視線は指している方へと注がれる。
その視線の先では例のあれが素敵な音色を奏でながら揺れていた。
「もしかしてあれ?」
「うん」
「・・・あれが夜光鈴です」
「ええっ!?そ、そうなの?」
「うん、アリスちゃんの言うとおり」
「へぇ〜、あれが夜光鈴なんだ」
欲しいと思っていた例のあれの正体が夜光鈴だと判明する。
名前がわかると買ってもいないのになぜか愛着がわいた。
「早くも両方の正体が判明するとは」
「てか、わからないのにうろうろしてたわけ?」
「まね」
「バカね」
「バカです」
「・・・・・・そんなバカバカ言わないでくんない?傷つくんですけど」
「ちゃっちゃと買いに行くわよ!」
「了解です」
「無視すんなよ!・・・灯里なんか俺いじめられてない?」
「えっと・・・そんなことないと思う」
本当に思ってるのかな。
ちゃんと俺の目を見て言ってくれないと不安なんだけど・・・。
藍華とアリスは俺達を尻目にどんどんと先に進んでいく。
どうやら2人はしょげている時間すらくれないらしい。
遅れないように俺と灯里もその後を追った。
「なんっっっっだこれーーー!!!すげ!いっぱいじゃん、いっぱいあるよ!」
着いた所はサン・マルコ広場。
そこで俺達を待ち受けていたのは道の両脇に所狭しと並ぶ数多くの屋台たち。
その屋台一つ一つに、これまた多くの夜光鈴が飾ってあるもんだから半端な数じゃない。
俺はしばらくその光景に見入ってしまった。
「先輩、子供じゃないんですから静かにしてください」
「えー!なんだよアリス感動が薄いなぁ」
「いや、はしゃぎすぎでしょ」
「だってすごいじゃん!ねぇ灯里?」
「はひ!毎年来るけど今年もすごくて、きらきら輝く宝石みたい」
「灯里!恥ずかしいセリフ禁止!!」
「ええー!!」
「・・・・・・きらきら輝くほう「恥ずかしいセリフ禁止!!」鋭い突っ込みだな」
「先輩方でっかい迷惑です」
「なんだ、一人だけ冷めてんなー。こうしてやる」
「きゃ!や、やめてください」
みんなぎゃいぎゃい騒いでるというのに一人だけ冷静にしているアリス。
こういう奴は巻き込んでやりたくなる。
とにかくくすぐってみると以外にもこういうのは苦手らしく、必死に笑いを堪えている様子。
そんなことされると逆にもっとしてやりたくなるってもんだ。
にやりと笑い、その手を強めようとした瞬間、
「いーーっっってーーー!!」
頭を強い衝撃が襲った。
あまりの痛さに、俺は頭を抱えてその場にうずくまる。
涙目になりながらも、こんな事をしてくれた奴を見ようと睨みをきかせ見上げる。
するとそこにいたのは、最近逆らうと怖いと脳に刻み込んだ人物だった。
「ひっ!」
「よう、元気だったか?」
太陽に負けないくらい眩しく素敵な笑顔の晃さんがそこにいた。
もちろん、こめかみをピクピクとさせながら。
後ずさって逃げようとしたが、その前に晃さんに頭をつかまれてしまった。
「なーに逃げようとしてるんだ?」
「そ、そんなまさか逃げようとなんて・・・ねぇ?アリス・・・っていね!?」
さっきまですぐそこにいたアリスの姿はなく、しかも藍華や灯里もいなくなっていた。
「ひ、ひで〜。3人とも逃げやがった」
「さて、助けを求める奴もいなくなったみたいだし、どうするのかなぁ?」
「えとーえとー・・・・・・ご、ごめんなさい」
「はぁ、まったく。公衆の面前であんなに大騒ぎしやがって、子供じゃあないんだからな」
「気おつけます」
またもや叱られてしまった。
この前の事もあってすっごく怖いんですけど。
「わかれば良し。それじゃ私たちも買いに行くぞ」
「え?」
「なんだ?私じゃあ不満なのか?」
晃さんはむっとしたような表情をする。
不満とかじゃなくて、ただ驚いただけだったんだけど。
もっと怒られるのかと思った。
それより晃さんも夜光鈴を買いに来たんだ。
「不満じゃないですよ!それよか嬉しいです。晃さんたち仕事忙しいから一緒に出かけたりとかそうそう出来ないですもん」
「そうだな、なかなか出来ないな」
「そうだ!晃さんこの前みたいに手繋いでもいいですか?」
「はあ!?お、おまえ何言ってるんだ。そんなの駄目に決まってるだろう!」
「えー!何でですか?この前は繋いでくれたのに・・・」
「恥ずかしいからに決まってるだろうが!」
「恥ずかしいですか?」
「恥ずかしいだろ普通!」
「んー」
晃さんいわく恥ずかしいらしく手を繋いでもらえなかった。
すごく残念でしょんぼりと肩を落とす。
「・・・そんなに残念そうにするなよ」
「だって・・・」
「今日は駄目だ。・・・また、今度な」
そう言うと晃さんは照れくさそうに歩いていってしまった。
「あ!待ってくださいよ!」
“また今度”その言葉が嬉しくて頬が緩む。
なんだかんだ言っても晃さんは優しい。
にやにやするなと晃さんに怒られるけど、これはどうやっても収まらない。
「だって嬉しいですから」
「かってにしろ」
たくさんの夜光鈴が歓迎してくれているかのようにチリンと鳴って、俺達をを出迎えてくれるのだった。
買ったら見せ合おうと約束をして、俺と晃さんは別々に分かれ、思い思いにお気に入りの夜光鈴を探すことにした。
しかしだ、よく見れば見るほどどれも良く思えて来る。
一つ一つ、色や形、デザインに音色までも違う。
正直言ってどれも欲しくて、一つに絞るのは難しい。
かと言ってそんなお金もないし、大量に持っていても仕方がないしとすごく迷った。
「うーん、どれにしよう。目移りしちゃうなぁー」
頭を抱えて行ったり来たりを繰り返し、見比べては溜息をつく。
皆は一体どうやって決めるのだろうか。
そういえば灯里いわく、一目ぼれとか言っていたような気がする。
一目ぼれか・・・、それまた難しいな。
うーんと唸っていたその時、リーンとあの涼やかな音色が頭の中に響いた。
驚いてあたりを見渡すが、こんなにもある中からどれが鳴っているのかなんて分かるはずもない。
気にはなったものの俺はまたお気に入りの一品を探し始めた。
するとまたチリーンと響く。
それはまるで俺を呼んでいるかのように聞こえた。
「どこで鳴ってるんだ?」
分からない、けれどとにかく歩いてみることにした。
するとなぜだろうか、歩いているとこっちであっているような気がして、どんどん足が進んでいく。
時折、あの涼やかな音がまるで導くかのように聞こえてくる。
それに後押しをされるように俺は歩き続けた。
突然、ごうっと突風が巻き起こり、俺は反射的に目を瞑った。
しばらく吹いていたかと思うと、何事もなかったように風は何処かへ去って行ってしまった。
そして、目を開けて俺は驚いてしまう。
なんせさっきまで在ったずらりと並ぶ屋台も、そこに賑わう人々の姿も消えていたのだから。
もう一度目を瞑って開けてみるがやはり何も変わらなかった。
暑さのあまりに夢でも見ているのだろうかとほっぺを抓ってみる。
痛い。
ということは、どうやら夢じゃないらしい。
「ど、どうするよこれ・・・」
こんな事ってあるのだろうか、呆然と立っている俺の耳にまたあの音が聞こえた。
今度は頭に響く感じではなくすぐ近くで。
ゆっくりと左の方を見てみると一つだけ屋台が在った。
さっきまでは無かった様な気がするんだけれど、このさい気にしない方が良いのだろうか。
その屋台主は真夏だというのにベージュのコートを着込み、同じ色の大きな帽子を目深に被って椅子に座っている。
しかもかなりの巨体だ。
一体俺の何倍くらいあるのだろうか、あまり人間とは思えない風貌だ。
でも何故だか怖いという感じはしなくて、むしろ懐かしいような気がした。
「あの・・・何処かでお会いしましたっけ?」
そう聞いてもその屋台主は何も言わなかった。
「えーっと、ここ何処ですか?」
やっぱり何も答えてくれない。
困ったなと頭をかいていると涼やかな音色が聞こえた。
見るとその屋台には夜光鈴は掛かっていない、けれどなぜか漠然とあるということが分かった。
「夜光鈴をください」
すると屋台主はその大きな身体でのっそりと立ち上がると、何処から出したのか俺に夜光鈴を手渡した。
ほんのりと青く透き通ったガラスに、小さくちょこちょこっと描かれた桜の花びらが良く映えている。
俺はそれがとても気に入った。
灯里の言うとおり、一目ぼれってやつだ。
「おいくらですか?」
財布を出そうとぽっけに手を入れると同時に頭に重みがかかった。
大きな手がぐりぐりと俺の頭を撫でる。
俺はなされるがままになっていた。
なんだろう、何故か懐かしい。
そう思っているとすっと手が離され、屋台主はそのまま何処かへ去ろうとする。
俺は慌てて屋台主を呼び止めた。
「あ、お金!」
屋台主はその呼びかけにくるりと振り向き帽子を脱ぐ。
そこから現れた姿に俺は息を呑んだ。
細められたエメラルドグリーンの瞳に、ぴんとのびた立派なひげ、黒くつやつやした毛並み、そして帽子を握るその手には柔らかそうな肉
球。
その姿はまるで、
「・・・・・・ね・・・こ?」
そう呟くとまた突風が起きて目を開けていられなくなる。
細められた目の視界からは、大きな身体をした猫が嬉しそうに笑っているような顔が見えた。
手に持っていた夜光鈴がひときわ大きくなると風はやんだ。
急いで目を開けると俺は知らない通路に一人ぽつんと立っていた。
さっきの大きな猫も、屋台もどこかに消え去っている。
やっぱり夢でも見ていたんだろうか。
そう思ったが、それを否定するかのように、手には一目ぼれをした夜光鈴がしっかりと握られていた。
「夢じゃあなかったんだ」
夢ではなかったにしろ理解しがたい状況で、一体どうしたらよいのか分からずぽけーっと突っ立っていた。
そんな状態の俺の肩がぐいっと後ろに引っ張られる。
引っ張ったのは晃さんで、後ろに灯里たちがいた。
どうしたんだろう、皆は心配な表情で俺を見ていた。
「おい、大丈夫か!?」
「・・・?なにが、ですか?」
「何がって。ぼーっと突っ立ってたかと思うとふらふらとどっかに行っちゃったじゃない」
「心配して後を追ってみたらいなくなってましたし」
「が歩いていった所壁しかなかったんだよ?」
「そう、なの?」
自分でも良く分からないがとにかく心配をかけたらしい。
「何か心配かけたみたいだね、ごめん」
「それは別にいいんだけど」
「一体どこ行ってたんだ?」
「どこって・・・、ここですかね?」
「でっかい意味不明です」
「あれ?いつのまに夜光鈴買ったの?」
灯里の一言に全員の視線が俺の手元へと注がれる。
驚いたような、不思議そうなそんな顔をしていた。
「買ったというか、もらったのかな」
「もらったって一体誰に」
「えーっと、・・・火星の妖精ですかね」
『はぁ?』
俺がそういうと皆呆れたような顔をしていた。
だって他に言いようが無い。
それに恐らく本当のことを言っても同じ顔をするだろうし、分からないけどなぜか内緒にしておきたかった。
「火星の妖精さんですか。なんだか素敵です」
違った、灯里だけはほんわかとした様子でにこにこ笑ってくれた。
そう、灯里の言う通り素敵な出会いだったんだ。
「なんだか良く分からんがそろそろ帰るぞ」
疲れたという様子で晃さんは来た道を引き返していく。
俺達もその後に続いた。
俺は後ろを振り向いてみる。
そこには誰もいなかったけれど、まだあの大きな猫が見ていてくれているような気がした。
誰もいないその空間に満面の笑顔を向け、開いてしまった距離を埋めるべく俺は走った。
「そういえば、何で夜光鈴って言うの?」
さんざん夜光鈴、夜光鈴と言っていたけれど風鈴とどう違うのかとか全く分かっていなかった俺は皆に聞いた。
そもそも風鈴とやらも知らないけれど。
灯里たちはああというような顔をしていたけれど、晃さんは驚いたようだ。
最初のやり取りを知らないからね。
「そういえば説明がまだだったわ」
「夜光石って言うのはご存知ですか?」
「ううん」
「夜光石というのは火星でしか取れない特別な鉱石なんです」
「へぇ〜」
「で、その夜光石を中にいれてるのが夜光鈴というわけ。夜光鈴は火星の特産品なのよ」
「冷光って言ってね、夜ほんのりと光るんだよ」
「ひ、光るの!?ほんとに?すげー!」
まさか夜に光るとは、見た目可愛いし綺麗な音色は出るし、なんか最強だな。
ちょっとどころか早く夜になって欲しいなあ。
「まあ、寿命は一ヶ月だがな」
「え?寿命?」
「ああ。光の減少と共に石も小さくなって、最後には落ちるんだ」
「そして最後のお別れとして、その輝きを見送りながら海に還してあげるのよ」
「そうなんだ。なんだか素敵だね」
「その時は皆で行こうね」
「うん、そうだね」
一ヶ月、この夜光鈴とどのくらい思い出を作れるだろうか。
お別れの日までとにかくたくさんの思い出を作ろう、そう決めた。
あっという間に時間は過ぎていくもので、俺が夜光鈴をもらった日から早一ヶ月がたった。
よる電気を消して母さん達と夜光鈴を眺めたり、外へ一緒に散歩したりしたりした。
それと夜のお茶会。
灯里の船(ゴンドラ)に乗って夜の海の上へと出て、俺と灯里の夜光鈴の仄かな明かりを眺めながら楽しく話しりもした。
なんとも灯里らしい計画で、毎年やっているそうだ。
とてもとても素敵なお茶会だった。
結構色々な思い出が出来たと思う。
でもそれは今日までで、とうとうお別れの日がやってきた。
弱弱しく光る夜光鈴は海へと還ってゆくのだ。
「それじゃあ灯里よろしくね」
「うん」
夜光鈴市は三日間しか行われない。
だから夜光鈴を買った街中の人々が、今日あたりから夜光鈴を海に還すのだそうだ。
「あら、こんばんは」
「ぷいぷいにゅー」
「アリシアさん、アリア社長こんばんは。アリシアさんもですか?」
「ええ。たぶんアテナちゃんも来ると思うわよ」
「じゃあきっと皆勢ぞろいですね」
「ふふ、そうね。それじゃ灯里ちゃん、そろそろ行きましょうか」
「はひ。それではしゅっぱつしまーす」
ゆっくりと水を掻き分けて船は進みだす。
優しく起きる風が3人の夜光鈴を揺らして、それぞれが違う音色を奏でた。
強く、弱く、夜光鈴の光る強さは交互に繰り返す。
別れのときは刻々と近づいていた。
「、見て」
ゆらゆらと揺れる自分の夜光鈴を見ているとアリシアさんが優しくぽんぽんと肩を叩く。
顔を上げてみると海一面に夜光鈴の柔らかい光が広がっていた。
なんとも幻想的で綺麗な光景。
「うわぁ。すごい・・・」
「そろそろね」
そう言ってアリシアさんは自分の夜光鈴を海の上に差し出す。
次の瞬間ぽっと強く光ったかと思うとぽとりと海に落ちて沈んでいった。
「きれー」
少しずつ光は小さくなって見えなくなってしまった。
「と灯里ちゃんのもそろそろみたいね」
「はい」
「もうお別れなんだね」
ここ一ヶ月一緒にすごした思い出がよみがえる。
とっても楽しいものばかりだ、別れるのはやっぱり寂しい。
無理かもしれないけれどまた会えますようにと願った。
ぽうっと光って灯里の夜光石が海へと還って行くと、それに続くように俺の夜光石もぽとりと落ちた。
「・・・ありがとう。楽しかったよ」
そう言って俺はその光が見えなくなるまで笑顔で見送った。
夜光石の姿が見えなくなってしまった水面に何かが落ちて波紋が広がる。
雨でも降り出したのかと思い空を見上げるが、空にはたくさんの星が輝いていた。
「」
アリシアさんは俺を呼ぶと優しく頭を撫でてくれた。
頬に何かが伝う感触。
手を当てると涙が頬を濡らしているのがわかった。
「・・・泣いてたんだ」
「・・・」
「はは、また恥ずかしい所みられちゃいましたね」
「全然恥ずかしくなんて無いわよ」
「そうだよ」
「・・・ありがとう」
俺は涙を拭って、2人にもう大丈夫だと笑って見せた。
何でこの人たちはこうも温かいのだろう。
2人もにっこりと笑ってくれた。
帰り道アリシアさんが素敵なことを教えてくれた。
「ねぇ、こんな話知っているかしら」
「なんですか?」
「ごく稀にだけれど夜光石が結晶として残る事があって、それは別れを惜しんで残していくと言われているの」
「それってとっても素敵な話ですね」
「ふふ、そうね」
別れを惜しんでか。
そう思ってくれていると思うとなんだか心が温かくなった。
「見てみたいですねその結晶」
「灯里ちゃんに見せてもらったら?」
「え!?灯里持ってるの?」
「うん」
「すげーな。でも灯里ならありそう。良かったら今度みせてよ」
「もちろん」
「ありがと」
そんな俺達を見てアリシアさんはふふふと楽しそうに笑っている。
つられて俺と灯里も笑顔になった。
夜光鈴と別れて初めての朝を迎えた。
いつもの場所にそれはあるけれど、もうあの澄んだ音色と夜光石の姿はなかった。
やっぱり物寂しい。
「ちゃん」
物思いにふけっていると母さんがひょっこりとやってきた。
その手には何かの箱。
その箱には汚い字で“たからばこ”と書かれていた。
「ほら!見てみて」
「なに?それ」
「何って忘れちゃったの?ちゃんの大事な宝箱じゃない」
「え?俺の?」
「そうよ。押入れ掃除してたら出てきたのよ」
はいっと母さんは宝箱を俺に渡すとまだ掃除があるからと去っていく。
こんなものあっただろうかと思ったが、確かに汚い字で名前が書かれているから間違いないんだろう。
一体何が入っているんだろうとそっと開けてみた。
まさか虫が入ってたりして。
怖い想像が浮かんできて一瞬開けるのを止めようかと思ったが、それよりも好奇心が勝り続行。
安心なことにその中には虫など入っておらず、これを使っていた当初の俺が宝物だと思っていたものが入っていた。
ガラス玉になんかの葉っぱにお菓子か何かの包み紙、手帳それに花のプラスチックが付いた輪ゴム、とその他もろもろ。
色々入っているその中に小さな木の箱が入っていた。
「なんだろ?」
蓋をはずしてみる。
よっぽど大切なものが入っているのだろうか綿が敷き詰めてあり、さらに何かが布で巻かれていた。
そっと布をはずしていくとそこにはガラスのようなものが入っていた。
割れたガラスの破片みたいなものではなく、雫の形をした様なもの。
「これ何だろう?良くわからないけど、きれーだな」
それを持ち上げてみていると何故かふとアリシアさんとの会話をを思い出した。
(ねぇ、こんな話知っているかしら)
(なんですか?)
(ごく稀にだけれど夜光石が結晶として残る事があるの。別れを惜しんで残していくのかもしれないわね)
(それってとっても素敵な話ですね)
(ふふ、そうね)
「・・・そうだ思い出した。これ、夜光石の結晶だ!」
今まで忘れていた。
そうだ俺は一時期火星に居たことがあったんだ。
この家に。
祖母ちゃんの家に。
また来るからといって、祖母ちゃんが俺を忘れないように寂しくならないように宝箱を置いていったんだ。
だけどその後来る事は無くて、忘れてしまっていた。
俺も小さかったからあんまり覚えていないけれどこれは覚えている。
夜光鈴からの贈り物の結晶のことは。
あの時もわんわん泣いてそれで―――
少しずつあの頃の記憶が鮮明によみがえってきた。
「おにいちゃん!おにいちゃんどこ!?・・おに・・・っく・・・」
幼い俺は一生懸命に涙を堪えながらはぐれてしまった兄貴達を探していた。
夜光鈴市に来たのはいいものの、あまりの人の多さにはぐれそのまま迷子になっていた。
幼い子供だ、大人達の波に飲み込まれてしまっては抵抗できるはずも無く、そのままばらばらになってしまっていた。
そして俺は知らない道へと迷い込んだ。
「ここ・・・どこ?まいごになっちゃったぁ」
人1人いない通路にぽつんと自分ひとりだけ。
さらに迷子とあれば心細さと恐怖が襲ってくる。
それに耐え切れず、我慢していた涙はぼろぼろと溢れだした。
「う・・・、うわぁぁぁー!!おにーちゃー!ああーー」
泣き叫んでも誰もこず、自分の鳴き声が響わたり、恐怖は増していく。
もうこのまま帰れないんじゃないかとそんな思いがよぎる。
来なければ良かったそう思ったとき、何かふわっとしたものが俺を包みこんだ。
それはとても暖かくて、心細かった心を安心させてくれる。
顔を上げて見てみると、そこには大きな大きな猫が立っていた。
「・・・・・・にゃんこさん?」
幼かった俺はそんな事態にも驚く事はなく、それより誰かが傍にいてくれる事の嬉しさで胸がいっぱいになった。
ぐりぐりと大きな手が泣いている俺の頭を撫でてくれる。
きずいたら、いつの間にか涙はとまっていた。
そして、ぬれている頬をふわふわの毛が拭ってくれた。
くすぐったくてあははと笑うと、どこかでチリンと可愛らしい音が鳴った。
「あ、やこうりん!」
その大きな猫はどこからとも無く夜光鈴を出すと、それを俺へと差し出しす。
幼い俺は瞳を輝かせてそれを受け取ると満面の笑みを向けた。
「にゃんこさんありがと!!」
満足したのかその大きな猫はまた頭を撫でると、背中を向け通路の先へと歩いていく。
「にゃんこさん!またあえる?」
そう大きく叫ぶと大きな猫は振り向いてその大きな瞳を細めて笑った。
吸い込まれてしまいそうな綺麗な瞳。
その瞳を見ていたらだんだん意識が朦朧としてきて、そこで俺の意識は途切れてしまった。
「その後、家の庭で寝てたのを見つけてもらったんだっけ・・・」
聞いた話によると、さんざん兄貴達は探し回ったのだが見つからず、もしかしたらと家に帰ってみると庭で寝ていた俺を見つけたらしい。
嬉しそうに眠る俺の手には夜光鈴が握られていたそうだ。
青く透き通ったガラスに桜の絵。
そう、今回もらった物と全く同じもの。
「・・・会いに来てくれたんだ。おっきいにゃんこ、それに夜光鈴も」
会いたいと願ったのは誰でもない俺なのに、それを忘れてしまっていたなんて。
申し訳なさと、あの時思い出せなかった自分が悔しくてたまらない。
「また・・・会えるかな・・・・・・」
夜光石の結晶をぎゅっと握る。
切なさで涙がこみ上げてくる。
その時びゅうっと風が吹いて、あの大好きな、澄んだ音色が聞こえたような気がした。
