さっきから妹がせっせと何かを一生懸命に作っている。
忙しなく動く妹の後姿はとても可愛らしいのでしばらく私は観察することに決めた。
小さな唇をきゅっと真一文字にして視線は手元にこれでもかと言うくらいに注いでいる。
本当に一体何を作っているんだろうかと不思議に思い、そっと後ろからそれを除いて見ると、
「・・・てるてる坊主?」
久しぶりに見るそれはなんだか懐かしい思いを抱かせた。
よく作りはしなかったけれども、一度や二度は誰しもあると思う。
人それぞれだろうとは思うけれど、ティッシュを丸めてある程度の大きさにしてそれをさらにティッシュで覆う。
で、首のところに輪ゴムをくくって出来上がりというやつだ。
作ってる方は良いけれど、親とかからはひんしゅくを買うんだよね〜。
ティッシュもったいないからなぁ。
私の場合は思いっきりやらせてもらえたけれども。
それはうちの良い所だったりする。
例に漏れず志摩子も同じ様にやっているしね。
くすくすと笑う声が聞こえてしまったのだろう、妹はこちらを振り返り不思議そうに首をかしげた。
優しくふわふわの髪をなでてやると志摩子は嬉しそうににこっと笑った。
自分の妹を言うのもなんだが、すっごい可愛い。
可愛すぎるから他の人には見せたくないね、もったいなくてさ。
志摩子は私の方に身体を向けなおすと、いそいそとまたてるてる坊主作りに没頭する。
一体幾つ作るのかは知らないけれど、背後に見える箱には相当の数が出来上がっていた。
「志摩子」
「なぁに?おねえちゃん?」
「幾つ作るつもりなの?」
んーとねと言いながら志摩子は後幾つ作るのかを考えている様子。
その間私は箱に入れられたてるてる坊主たちを軒下に下げた光景を想像していた。
「あとね、いっぱいつくるの!!」
恐ろしい想像の世界から戻ってきた私に、さらに追い討ちをかける様な言葉が突きつけられる。
いっぱいって志摩子、具体的ではないね。
姉ちゃんいろんな意味で悲しいんだけれど。
そんな私の気持ちを知る由も無く、なんだか嬉しそうに志摩子満面の笑みを浮かべていた。
「あしたえんそくだからね、はれてほしいの!だからいっぱいつくるんだ」
「あー、そう言えば遠足だったっけ。そっか。じゃああんまりいっぱい作って欲しくないけれど姉ちゃんも手伝うか」
「いっしょにつくってくれるの?」
「うん。つくってあげる」
「わーい。ありがとう、おねえちゃん。だいすき!」
大好きとまで言われては手伝うしかないでしょう。
「それじゃあ作りますか!・・・てるてる親父」
「え?てるてるぼうずだよ」
「だってさ、うちの親父さんは坊主じゃん?だからてるてる親父」
「・・・おとうさん?」
「そう。お父さん」
「そっか!」
この頃くらいの年の子は素直でいい。
そしてあんまり深く考えずに頷いてくれるから更にいい。
このまま志摩子に育って欲しいので、晴れではなくその願いを込めてみることにした。
効くかどうかは分からないけれど、まあ、何年後かには結果が出ているだろう。
姉妹二人、各々の願いを叶える為にてるてる親父またはお父さんを作り出すのだった。
「で、できた」
「わー、いっぱいだね」
志摩子の“いっぱい”は部屋に置いてあった材料をすべて使いきるまでだった。
おかげで明るかった空は夕暮れ空になっている。
久しぶりのてるてる坊主作りで、ちょっと昔を思い出したりなんかして楽しかったのだが、それも始めだけだった。
なにせ作った量が量だ。
はんぱじゃない。
もう一生分を作ったことだろう。
最後まで楽しそうにしていた志摩子を思い出す。
この子将来大物になるよきっと。
「おねえちゃん。これつるさないと!」
「え・・・やっぱ吊るすのコレ」
「うん。じゃないとあしたはれないよ」
「う、うーん。あまり変わんないと思うけれど・・・。そうだ!どれか一個にしよう。ね、しま―――」
ああ。
そんな必死こいた目で姉ちゃんを見ないで欲しい。
だってこれ量がものっすごいよ?
全部吊るしてたら明日の朝になっちゃう、ってのは大げさだけれどさ、かなりの労力を費やすのは確実な訳で。
なんていうのは志摩子には通用しないんだろうな。
はあ、断れないのが悲しい。
「親父さん呼んできて。姉ちゃん一人じゃ無理だから」
「うん!」
嬉しそうにかけていく志摩子の後姿を見送りながら溜息を一つ。
・・・脚立取ってこよう。
「おい、」
「何」
「これ全部なのか?」
「ええ、全部ですとも」
「どれか一つで良いんじゃ」
「だったら志摩子に直接言って説得してくれない?」
引きつった表情を浮かべた我が父親。
言っていることはもっともだ。
さっき私も言ったことだし。
けれど正しいことばかりが世の中通じるもんじゃないと、そうさっき学んだんですよ。
早速諭しに入っているが志摩子は一向に首を縦に振らない。
なんでかすっごい頑固だ。
誰に似たのやら。
無言で帰ってきた親父殿は私の隣に立つと「やるか」と呟いた。
「はい、しっかり括り付けてね。てるてる親父」
「・・・まさかとは思うが」
「思ってる通りだよ。親父さん」
「さっきの志摩子が言ってた『お父さん、お父さんを吊るして』というのはこれの事だったのか」
縁起悪いなとぼやきながらもきちんと括り付けている姿は、なんだか笑えてしまった。
そうして黙々と作業を続け、終わる頃には夜も深くなった頃だった。
闇夜にずらりと並ぶてるてる坊主の姿はきっと将来忘れることは無いだろう。
「いってきまーす!!」
「「いってらっしゃい」」
昨日のてるてる坊主のおかげか、雲一つ無い快晴となった。
あれだけ頑張ったのに雨だったなんていうのは洒落にならないけれども。
とにかくだ、元気良く遠足に行く志摩子の姿を見れただけで良しとしよう。
そう思っているのは恐らく私だけでは無い筈だ。
「それじゃあ私も学校に行ってきます」
「ああ、気をつけるんだぞ」
夕方にはあれらを外す作業が残っているものの、遠足の話をする志摩子の顔を思い浮かべると帰りが待ち遠しくなる。
だから今日はいつもより早く帰ってこよう。
走ってでも。
そんでもって志摩子の話をたくさん聞こう。
てるてる親父を外しながら、ね。
そうそうこれは余談なんだけれど、家の寺にお化けが出るとか子鬼がいるとか、帰ったときにはもう近所で大騒ぎになっていた。
