「あっ!やばい、隣のクラスに飛ばされちゃったよ」


まさかの予想だにしていなかったコースアウト。あんなにタイミングよく風が吹くとは思わなかった。

でもちょっとだけ飛んだな。なんて言っている場合じゃなかったんだった。

私は急いで隣のクラスへと向かう。どうか誰もいませんようにと願いながらそっと覗いたが、残念ながらその願いは空しくも叶わなかった。

まあ、ひとりだけだったから良しとしよう。

後姿で顔は見えないが、私はその人物を知っている。というかこの学校ではかなり有名だ。

その人物に気づかれないようにこっそり教室の中を見回す。けれど、確かに入っていった紙飛行機はどこにも見当たらなかった。

おかしいなぁともう一度自分の記憶を掘り起こしているとなんてこと無い、唯一残っていたその人物が持っていた。

自分のクラス以外に入るのはなんだか知らないが抵抗があるものだ。抵抗と言うか遠慮だろうか。

それはいいとして、とにかく自作の紙飛行機を回収しに行かなければならない。

私は誰も見ているわけではないが、お邪魔しますと頭を少し低く下げて、その教室へと入った。

極力脅かさないようにしようとゆっくりと近づいていったのだが、逆にそれがいけなかったらしい。

その人物は私に気が付くと、おわっと短い悲鳴をあげて、近くにあった机にぶつかっていた。

ついついそれをを見て私は笑ってしまう。

よかった。私が飛ばした紙飛行機を拾ってくれたのが聖さんで。



  「ど、どうしたのさん?」



驚いた姿をか、机にぶつかった姿をか、はたまたその両方を見られたからだろうか、恥ずかしさと気まずさが混ざった様子の聖さん。

笑わないように歯を食いしばってはみたもののやっぱり駄目で、口元が緩んで思わずにやける。



  「あ、ひどいなー。そんなに笑わなくてもいいじゃない」

  「だって、滅多に聖さんのそういった姿って見れないじゃない。だからね」



そう言うと聖さんは少しムッとした様子で口をちょっと突き出す。

まるで幼児が拗ねたときみたいだ。だからつい言葉が出てしまった。



  「聖さん」

  「・・・何?」

  「可愛すぎ」

  「なっ!?」



顔を赤く染めながら聖さんは睨んでくる。だからそういうのが可愛いのにと言いたくなるがそれは飲み込んでおく。



  「さんわざわざ私のことからかいに来たの?」

  「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」

  「別に。怒ってなんかいませんよ」

  「ほんと、ごめん。それを取りに来たの」



私は聖さんの手元にある紙飛行機を指差す。聖さんも視線をそれへと向けた後、また私を見る。



  「これさんの?」

  「そう。よく出来てるでしょ?」

  「よくはできてるけど・・・」



そこまで言うとまた視線は紙飛行機へ、と言うよりもその翼にだろう。丁度そこにはプリントされた文字がでていた。

たぶん気が付いたのだろう、その紙飛行機の本来の姿を。



  「ご察しのとおり。それは進路を書いて提出をしなければならない代物ですよ」



私はわざとらしく言う。その台詞に聖さんはふっと笑うと、



  「明日にまでという期限付きの、ね」



と付け加えてくれた。

お互い見合うと笑いがこみ上げてくる。

聖さんは肩を揺らしながら、私に優しく紙飛行機を手渡してくれた。

私はお礼を言い、それを受け取ると近くの窓へと寄る。これだけ上手く出来たから聖さんにも見て欲しい。

まあ、ただ単に自慢したいってのもあるけれど。

私はそこからできるだけ身体を外に出してもう一度紙飛行機を飛ばそうとした。しかし、聖さんに思い切り身体を引っ張られてしまった。



  「どうしたの?」

  「いやいや、どうしたの?じゃないでしょ!?ビックリするよいきなり窓から身を乗り出されちゃあ」

  「そう?」

  「そうって・・・。はあ、さんてこんな人だったっけ」



身体がいくつあっても足りないよ、なんてぼやきながら聖さんはまた溜息をついている。

こんな人だったっけって、聖さんは一体私をどんな風に見ていたのか聞き返したくなった。私はもともとこんなんだったんだけれど。

まあ、それよりも気になるのは今の状況だ。もうそろそろ良いんじゃないだろうか。

そんな思いを込めて私は間近にある聖さんの顔を見上げる。

聖さんは2、3度目を瞬かせると気づいたのか顔を真っ赤にした後、慌てて抱きしめていた私の身体を開放してくれた。



  「ご、ごめん!!」

  「いや、そんなに勢い良く謝らなくても」



そう言うとまた聖さんはごめんと言った。だから謝らなくていいのに。

正直に言って嬉しかったんだけれど。何てことは言いはしないけど。



  「それよりさ、聖さんに見て欲しいんだ。これが飛ぶの」



今度は聖さんが心配しないように身を乗り出さず、ただ近寄るだけにした。

ちょいちょいと手招きをすると聖さんは私の隣へ来る。

いくよ。そう一言の後、私は再び紙飛行機を空へと送り出した。

2度目の飛行には横風は吹かなかった。真っ直ぐではないけれど勢い良く飛んでいく紙飛行機に聖さんは素直に感嘆の声を漏らす。

私はそれが嬉しくって、いつの間にか笑顔になっていた。



  「へえ〜、良く飛ぶもんだね」

  「すごいでしょ?まあ、すごいのはこの折方を考えた人なんだけれど」

  「あはは!そうだけれどさ、でもすごいよ。今までのイメージが変わった」

  「ほんと?そっか、良かった」



その言葉、昨日の・・・名前を忘れてしまったけれど、おじさんにも聞かせてあげたい。わたしも聖さんと同じ事を思った。

おじさんにお礼を言いたいな。

こんな感動をくれたんだもんさ。それに聖さんと同じ思いを共有できたし、一緒に居れる事ができたから。

色んな聖さんを短い間で見る事もできた。

だから、ありがとう。



  「・・・・・・可愛いのはどっちだか」

  「え?何?」

  「なんでもない」



確かに聖さんは何かを言った。けれど昨日のおじさんに感謝の思いを馳せていたので、そちらに気が行ってて聞き逃してしまった。

気になるので何度も聞いたが「なんでもないよ」の一点張り。そんな言い方されたら余計に気になるよ。

でも、なかなか頑固な所がある。仕方ないが諦めるしかなさそうだった。

隣でひとりにやにやと嬉しそうにしている聖さんを恨めしそうに睨むと、さらにその笑みを深くされる。

なんだか腹立たしい。

私はそんな聖さんを一瞥して、紙飛行機の方へと目をやった。

聖さんてこんな人だったっけと言われた言葉をそっくりそのまま返してやりたい。

同じクラスではないからあまり接点はない。だから少しだけれど一緒に居れて嬉しかった。話せて楽しかった。

そんな気持ちでいっぱいだ。

けれどそれを伝えてしまうのはなんだか悔しい。

徐々に高度を下げてゆくそれを見つめながら絶対に言ってやらないと心に決めた。





紙飛行機があなたの所に飛んで行ってくれて良かったと。