ただいまと言って令が玄関をカラリと開けると、その開けた隙間から漂ってきた甘い匂いが鼻をくすぐった。

令の声を聞きつけたのか、トタトタとせわしない足音が近づいてくる。

令はその足音の主を見てにっこりと笑った。

頭の両脇で結んだおさげをぴょこぴょこと揺らしながら妹のは令のもとへ駆け寄ると、令と同じように微笑む。




  「お帰りなさい!」

  「ただいま。何か作っていたの?」




駆け寄ってきたからも先ほど同じ甘い香りが漂ってくる。

ピンク色の生地に、花柄の模様がプリントされているエプロンを着たは、えへへと照れたように笑い、こくんと頷いた。

この花柄のエプロンは令とがお揃いで、色違いを買ったもの。

そのエプロンを着て、二人で一緒に料理やお菓子作りをすることもあった。

そして今日はが一人でお菓子作りをしていたらしい。

令はともかくはそれが良く似合っていて、とても可愛らしかった。

令は靴を脱ぐとをぎゅっと抱きしめる。

抱きしめたからはお菓子の甘い香り他に、シャンプーのさわやかないい香りもした。

はくすぐったそうにくすくすと笑いながらも、そのまま令の腕の中でおとなしくしている。




  「お姉ちゃんくすぐったいよ〜」

  「だって可愛いんだもん。それにいい匂いもする」

  「クッキー作ってみたの。食べてくれる?」




この甘い香りはクッキーのものっだったのだと判明した。

は令を伺うように見上げる。

令は上目遣いのを見て、すっごく可愛いなぁと思いながらうんうんと頷いた。

可愛い妹の頼みである、断れるはずもないし、断らない。

は顔を輝かせ、早く早くと令を急き立ててキッチンへと向かっていった。



  「お姉ちゃんみたいには上手じゃないけれど・・・」



そう言っては焼きたてのクッキーを手渡す。

星、丸、ハートという形をした香ばしいクッキーがお皿の上に盛ってあった。

そして、クッキーのいたるところからチョコチップが顔を覗かせている。

令は早速それを一口かじった。

焦げていないし、チョコを入れるという事でクッキー自体は甘みを抑えてある。




  「うん、おいしい」

  「本当!?」

  「本当だよ。上手に出来てる」




その言葉を聞いてはほっと息を吐く。

令はその様子が可笑しく、控えめに笑いながらの頭を撫でてやった。

は嬉しそうに笑うと令の傍から離れ、袋を取り出してクッキーを詰め始めるのだった。




  「由乃ちゃんにもあげてこよ〜」

  「由乃喜ぶよ」

  「かな?」

  「絶対」




これだけは自信を持って言えると令は言った。

それもそのはず、由乃も令に劣らずの事が大好きなのだから。

自分の妹にすると言って連れて行かれそうになった事が何度もあった。

その度に令は命がけで阻止し、何とか現状を維持できている。

まあ、それも小さい頃の話なのだが。

そんなことがあったくらいだ、喜ばないはずが無い。

もしかしたら嬉しさのあまりを返してくれないかもと令は思い、由乃のもとへ行かせるのを止めさせようとしたが、恐らく大丈夫だと自分に言い聞かせて言うのを止めた。

もしその時は助けに行けば良いし、もしにかけようとも思っていた。

そんな令の思いも知らず、はにこにこしながら着々と袋にクッキーを詰めていく。

そしてもう1つ袋を取り出し、それにも詰め始めた。

学校の友達にでもあげるのかなと令は思ったが、その思いは悲しくも打ち破られるのだった。



  「二宮君にも安心してあげられるよ。なんたってお姉ちゃんのお墨付きだもんね」



一瞬、が何を言ったのか理解できなかった。

もう一度が言った言葉を頭の中で反芻してみる。

“二宮君にも安心してあげられるよ”とは確かにそう言っていた。

にのみやくん。

誰にも聞き取れないぐらいの大きさで令はその名を呟く。

そして『君』と付いているところから、もちろん男なんだろうと判断できた。

食べかけのクッキーが手からするりとすべり、軽い音を立てて床に落ちる。

そして令の顔は徐々に青ざめていった。

その音にふっと顔を上げたは、青白い顔をした姉を見て驚くのだった。



  「お姉ちゃん!?ど、どうしたの?」



は手に持っていた袋を置き、あわてて令に駆け寄る。

肩を揺すっても何の反応も返さない姉に不安になりながら顔を覗くと、虚ろな瞳がどこかを見ていた。

何か変なものを間違えて入れてしまったのかとが不安に思っていたとき、令がの肩をがっしりと掴み、そのまま詰め寄った。

いつもと違う様子には困惑してしまう。

その瞳にはどこか怒りみたいなものが感じられた。



  「・・・え?何?」



令が何かを呟いたが、は何を言っているのかまでは聞き取れなかった。

聞き返してみると、令は1度口を閉じ、もう一度呟く。

やはり怒っているらしく、低くとげとげしい声が発せられた。



  「二宮君って誰なの?」

  「え?」

  「二宮君よ!!」



厳しいときはあるが、めったに怒らない姉の姿には驚いてしまった。

そして令はさらに詰め寄る。

肩を掴む手にも力が加わり、その痛さには顔をしかめるが、その様子にも気づかないくらい令は二宮という言葉に執着していた。



  「お姉ちゃん痛いよ!」

  「え?あっ、ごめん」



言われてやっと気づいた令は、あわてて肩から手を放す。



  「お姉ちゃん、一体どうしたの?」



が訳が分からないと首を傾げると、令はばつが悪そうに視線を逸らした。



  「二宮君のこと知らなかったっけ?」

  「・・・うん、知らない」

  「そっか。そういえばお姉ちゃん最近帰りが遅かったもんね。最近うちに新しく入ったの。私と同い年なんだって!」



楽しそうに二宮君の事を話す

しかし、せっかくの話も頭に入らず、ただ二宮と言う人物に令は苛立ちを覚えていた。

その新しく入ってきた二宮とやらに、なぜが手作りのクッキーをあげなければいけないのか。

そう考えると、令の中でさらに苛立ちは増していった。



  「それで、なんでがそのこにクッキーをあげるの?」



なるべく怒っていませんよというように、令は笑顔で、つとめて明るい声でに聞いた。

その笑顔が引きつり、声が裏返っている事も気づかないまま。



  「えっとね、新入祝いってところかな?」

  「新入祝い?」

  「うん。それと、お姉ちゃんと良くクッキーを作ったりするんだって話したら、今度食べさせてって言ったから」

  「・・・・・・図々しい奴」



令はに聞こえないようにボソリと呟く。

令の思惑通り、それが聞こえていないは無邪気なくらいににこにこしていた。

令も微笑み返すが、実はわなわなと怒りで震えていた。

この可愛い妹に手を出そうとする奴がいるとはと、ぎりぎりと拳を握ぎる。

そして明日は何が何でも早く帰って、その二宮という奴の顔を拝んでやろうと心に誓っていた。











  「それで?令ちゃん今日は早く帰ってきたわけ」



呆れた。

そう由乃は呟いて溜息をついた。

令はムッとした顔をするが、お構いなしに由乃は続ける。



  「ほんと、呆れるくらいシスコン。そんなんじゃにうざったがられるのも時間の問題ね」

  「そんな言い方ないじゃない!それにこれは一大事なのよ!?」



これでもかというくらいに令は真剣な表情で言う。

由乃は隣を歩く令を見やるとまた溜息をついた。

そこら辺にいる男の人よりも断然かっこよく、凛々しいというのに、その外見とは反対に乙女でシスコンときてる。

ファンの子たちが知ったらいったいどれだけがっかりするだろうと由乃は思うのだった。

物凄い剣幕で薔薇の館に来たかと思えば、今日は用事がありますと言い捨て令はさっさと帰ってしまった。

急な出来事に誰もが付いていけず、そのまま見送ってしまう。

一番最初に我に戻った蓉子が由乃に追いかけるように言い、今に至る。

そして追いかけて理由を聞いてた由乃は唖然としてしまうのだった。

明日なんといえばいいのやらと考えると頭が痛くなってくる由乃。

恐らく他のメンバーも自分と同じような状態になるのではないか。

令は急いているようで、いつもより早いペースで歩いている。

やれやれと思いながらも由乃はそれに続くのだった。



  「それで会ってどうするの?」

  「もちろん叩き直す!!」

  「叩き直すって・・・そのこ入ったばかりなんでしょ?」

  「問答無用!」



本気らしく、目つきが変わっている。



  「大人気ない」

  「別に稽古つけてあげるんだからいいじゃない。他のこにだってそうしているもの」

  「そうですか」

  「それにしても以外だった。由乃も一緒になって怒ると思ったんだけど」



令は少し歩くペースを落とす。

話しているうちに少し頭が冷えてきたようだった。

由乃は令の言葉を聞き、そうねと考えて言った。



  「もしがそのこのこと好きなら応援してあげたいじゃない」

  「由乃・・・」

  「いつまでも令ちゃんや私だけのでいて欲しいけど・・・でもそういう訳にはいかないでしょ?」



由乃は少し寂しそうに微笑みながら言う。

幼馴染の意外な言葉に令は驚きつつも賛同していた。



  「そう・・・だね」

  「令ちゃんや私が応援してあげなくて誰がするのよ!」

  「うん。でもやっぱり寂しいね」

  「それは・・・ね。でもそう言ってたらきりがないわ」

  「あはは、そうだね」



先ほどまでの怒りはいつの間にかどこかへ消えて、令は笑って二宮君に会えそうだと感じていた。

それもこれも隣で歩いている由乃のおかげ。

素直にありがとうと感謝の言葉を述べると、別に何もしてないでしょとそっけない返事が返ってくるのだった。





家に着くともう稽古は始まっていた。

令も由乃も急いで着替え、道場に向かう。

そこでは必死に練習している少年達の姿。

その中に見慣れない姿が一人いた。

恐らくそのこが例の二宮君なのだろう。

短髪に黒髪ではなく、肩に届くくらいの長さに茶髪というスポーツ少年とはいえないいでたち。

だが顔が整っていて、女の子達にはとても受けそうだった。

令は由乃にこっそりと教えると、2人でしばらく二宮君らしき人物を観察するのだった。



  『ありがとうございました!!』



道場に少年達の声が響き渡る。

今日の稽古は終わったらしく皆、汗を拭いたり、着替えたり、話をしたりしていた。

奥からの姿が現れ、令と由乃が観察していた少年に近づいて行くと、クッキーの入った袋を手渡す。

その少年が二宮君だと言うことが確信に変わった。

恥ずかしそうに渡すとそれを嬉しそうに受け取る二宮君。

どこからどう見てもいい雰囲気にしかみえない。

令は応援すると言ったがやはり寂しさと共に嫉妬していた。

見ているのは辛い光景。

それはまるで可愛い一人娘を嫁に出す、そんな父親の心境だった。



  「あ、令さんお久しぶりです!」

  「今日は早かったんですね」



そんな令に少年たちは声をかける。

たちの事が気にはなったものの、そのまま見ているのも辛かったので令は少年たちの方へ向いた。



  「お疲れ様。みんな頑張ってたね」

  「そりゃそうですよ、早く上手くなりたいですもん」

  「師範も怖いですし」

  「あははは。そんな事言っていいのかな?」

  「わわ!内緒にしといてください!」



たわいも無い会話をしていると、たちを見ていた由乃がぐいっと話の輪の中に入った。



  「ねえ、二宮君てどんなこ?」



由乃は輪の中に入るなりそんな質問を繰り広げた。

静かに見守るのではなかったのかと思いつつ、令も知りたいわけで黙って聞いていた。

少年達は顔を見合わせると、あまりいい気がしない様子で話してくれた。



  「最近引っ越してきたんだよな?」

  「家までは知らないですけどお金持ちらしいですよ」

  「クラスの女子達も大騒ぎですよ。容姿も良い、勉強、スポーツも出来る」



少年達の口から出てくる事は良い事ばかり。

だが言っている彼らの表情からはあまり良いように言っているように感じられなかった。

皮肉を言っている、そういう風に令たちは思った。



  「そこまで言うんだからいい子なんでしょ?」

  「そうですね。女の子には申し分ないでしょうね」

  「女の子には・・・」

  「ようは女たらしなんですよあいつ。女の子には優しい。男はどうでもいいってやつです」

  「嫌味ばっか言ってくるよな?そんでもって手当たりしだい女の子にちょっかい出すし」

  「何で嫌がんないんだろうな。そういうのがいいのか?」

  「なるほど。性格が悪いってことね」



由乃がそういうと少年達は全員そうですと頷いた。

これを女の子に聞けばいい子で終わったのだろうが、残念な事にそうはならなかった。



  「それよりなんでうちに来たのかしら?」

  「ああ、なんか鉄之助をライバル視してるんですよ」

  「鉄之助も人気ですから。あいつとは違って性格もいいですから、男からも支持がありますし」



努力を常に怠らない、そんな感じの少年の事を話し出す。

鉄之助君とは漫画に出てきそうなスポーツ少年みたいな子だった。

ここに通っている中で彼が一番強いのもその努力があってだろう。

それと努力だけではなく、物事を楽しんでもやっていた。

その鉄之助君に負けじと始めたのがきっかけで、そこに出くわしたは狙われたのだろうと令は考えが至った。

聞いたほうが良かったのか、聞かないほうが良かったのかどちらも後悔しそうな話である。

に知らせたほうが良いのかと考えて見ていると、令は目が合ってしまった。

令に気が付いたは嬉しそうに笑うと二宮君を連れ、令たちの方へと向かう。

少年達はよほど嫌っているのか、二宮君がこちらに来ると分かるとさっと行ってしまった。



  「お姉ちゃん、由乃ちゃん!今日は早かったんだ」

  「う、うん。今日は仕事が早く終わったんだ」



まさか二宮君が気になって早く帰ってきたと言える筈もなく、令はどもりながら嘘をつく。

由乃から冷たい視線を受けながらも、なんとかごまかす令だった。



  「そうなんだ!あ、こちらが二宮君だよ。二宮君こっちがお姉ちゃんで、こっちがお隣の由乃ちゃん」

  「初めまして。島津由乃です」

  「の姉の令です。よろしく」

  「二宮といいます。こちらこそよろしくお願いします令さんに由乃さん」



そう言って二宮君は微笑む。

なるほど、これなら女の子には受けが良いかもしれないと令と由乃は思った。

整った顔に優しそうな目。

ものの言い方が優しく丁寧だ。

しかし、その裏側をさっき聞いてしまったのだから身構えてしまう。

二宮君は常ににこにことしていた。



  「お2人ともお美しいですね」

  「はぁ」

  「それはどうも」

  「ちゃんは可愛い」

  「そう?ふふ、ありがとう」



話のせいか素直に受け取れない。

どこかの誰かさんを彷彿とさせた。



  「なんかキザくさい」

  「うん・・・。なんかね。嬉しそうにしてる〜。リリアンだとあまり男の子に免疫が無いからなぁ」

  「しかもここにきている子で、そういうこと言う子いないしね」

  「そうなんだよね」



令と由乃はたちに聞こえないようにこっそりと話し合う。

二人の気持ちは応援する方より引き離す方に傾いていた。

なんだかんだ言っていても自分が認めた相手しか付き合うのを許さないらしい。

テレビにでてくるどこかの親父と一緒だった。



  「クッキーのお礼なにが良いかな?」

  「えっ?お礼なんていらないよ。新入祝なんだし」

  「そう。でもやっぱり嬉しかったからさ。僕のために作ってくれたんでしょ?そうだ!リボンなんてどうだろう」



実は、お姉ちゃんと由乃ちゃんのクッキーを作ったついでと本人に言えるはずもなく、は苦笑をしてしまう。

しかし、そんな事を知らない二宮君は勝手に話を進めていくのだった。

自分のため作ってくれたのだと、勝手に勘違いをしながら。

そういって二宮君はの髪を触り始める。

は困ったような顔をする。

そして、令と由乃はその光景に耐えられず、ぷるぷると震えだした。

いい匂いがするねとの髪を顔に近づけていったとき、令の中で何かかがはじけた。



  『に触るなぁ!!』



その瞬間、映画の一部のようにスローモーションで二宮君が床に倒れていった。

殴られた本人はもうすでに意識を失っている。

隣にいたは目を見張りその光景をみているしかできない。

どさっと音を立て、二宮君は床に倒れたのだった。







あの後、令と由乃はこっぴどく叱られ、道場で一時間ほど正座をさせられていた。

二宮君を殴ったのは自分だけかと令は思っていたのだが、なんと反対側を由乃も思いっきりやっていた。

本当は道場の掃除なども言いつけられていた2人だったが、令たちのおかげでスッキリしたと言って少年達がやっていってくれていた。



  「はぁ、結局こういう形で終わったね」

  「そうね」

  「・・・・・・応援してあげるんじゃなかったっけ?」

  「うるさいわね!だいたい令ちゃんだってそうだねって賛成してたじゃない」

  「そうなんだけどさ」

  「だったら女々しくうじうじ言ってないでよ!!」



ただでさえ響く空間に、由乃の怒鳴り声がこだまする。

足のしびれもあって怒りは倍になっていた。



  「怒ってるかな・・・」

  「・・・わかんないわよ」



一番大事なことはがどう思っていることだった。

令たちにはいけ好かない人物に移っても、には素敵な人だったかもしれないのだ。

2人が溜息を同時につくと、正面の扉が開いた。

ガラリと開かれた扉の向こうには誰の姿も無い。

令と由乃は不思議そうに顔を見合わせて、もう一度扉の方を向いた。

じーっと2人が見ていると、そっとこちらを覗くように顔が現れる。

それは、だった。



  「・・・」



はゆっくり令たちに近づいていき、目の前に来るとその場に座る。

座るとそのまま何も言わず俯いてしまった。



  「やっぱり怒ってる?」



令が勇気を出してそう聞くとは首を左右に振った。

そして顔を上げ、2人に微笑むとは怒ってないよと言葉で伝えた。

令と由乃はその言葉にほっとするが、それが気を使って言ってくれているのではないかとも思ってしまう。

その気持ちを察したのかは笑って言った。



  「本当に怒ってないよ」

  「ほんとに?」

  「ほんと!嘘ついてもしょうがないでしょ?それになんで私が怒るの?怒るのは二宮君じゃない」

  「だって・・・・・・」

  「ん?」

  「あのこのこと好きだったんじゃないの?」

  「ええ!!?そ、そうなの!?」

  「いや、そうなのって自分の事じゃない」



由乃の好きだったんでしょ発言に驚いたのか、はおかしな反応をする。

あまりの天然ぶりに令も呆れつつ突込みをいれると、ああそうだねなんては返すのだった。



  「お姉ちゃんと由乃ちゃんにはそうみえたの?」

  『うん!』

  「そんな同時に頷かなくても・・・。んー、別に二宮君のこと好きじゃないよ?」

  「そうなの?」

  「うん」

  「なんだ〜。心配は無駄だったのかぁ」



一気に力が抜けたのか、令はその場に倒れこむ。

由乃も足を崩して、この後津波のように来る痺れに身構えていた。

2人の様子みて可笑しくなったがあははと笑うと、令たちもつられて一緒に笑った。



  「心配してくれたんだ?」

  「そうだよ。すっごく心配した」

  「なんたって令ちゃん、仕事サボって帰ってきたんだから」

  「えー!サボったの!?」

  「しょうがないでしょ」

  「まあ、それくらいってことよ」

  「そっか。ふたりともありがとう!・・・・・・それにね、私の好きな人はお姉ちゃんと由乃ちゃんだから」



は照れて、頬を染める。

あまりの可愛さに抱きつこうとした令だったが、由乃が先に奪い取ってしまった。



  「やだ〜、可愛い!」

  「わっ!よ、由乃ちゃん」

  「やっぱりうちの養子にして私の妹にしたいなぁ」

  「ちょっと由乃、を放してよ!それにいつもはあげないって言ってるでしょ!!」

  「知らない」

  「由乃ってば!!」




そしていつもの争奪戦が始まった。

毎回止めに入るだったが、今回だけはその様子を嬉しそうに見ている。

なんだかとても温かかった。









何とか今回も無事に令は勝利を収めることが出来た。

久しぶりの戦いだったが由乃は随分と手ごわくなっていた。

懐かしい思い出だったのがまたも始まると、令は思っても見なかった。

悔しそうに帰る由乃は、戦隊ものの悪役のように、覚えていなさいと高らかに言い残していった。

帰りに見た大人びた由乃の姿は、形も無く消え、もしかしたら夢ではなかったのかと思うくらいだった。

とにかく今日はとても疲れた。

布団に入り横になればすぐにでも眠れそうだと令は思った。

電気を消し、布団に入り始めたとき、こんこんと控えめにドアをノックする音が聞こえる。

誰だろうと思い布団から出ようと思ったとき、外からの声がした。



  「お姉ちゃん寝ちゃった?」

  「?どうしたの?」

  「入ってもいい?」

  「うん。どうぞ」



おじゃましすとかしこまっては令の部屋に入る。

令は少し身体をずらしてが座れるように場所をあけた。

はそこに座ると何か言おうとして止めた。



  「何?どうしたの?」

  「えっとね。そのー」



言いにくそうにしているの頭をそっと撫でてやる。

こういうときは無理に聞くよりも言い出してくるのを待っていた方がいいのだと令は知っていた。

の癖。

そして安心させてやるには頭を撫でてあげるのが一番良い事も分かっていた。



  「あの、ね、今日はありがとう」

  「うん?別に何もしてないよ」

  「心配してくれたでしょ。忙しいのに早く帰ってきてくれたし、明日怒られちゃう」

  「あはは、そんな事心配してたの?平気だよ」

  「ほんとに?」

  「ほんと」



安心したのかはにっこり笑うと目を擦り始めた。

眠くなってきたのだろう、時計を見るともうとっくにの就寝時間は過ぎていた。



  「早く寝ないと明日辛くなるよ」

  「うん、分かってる。・・・お姉ちゃん」

  「なに?」

  「今日一緒に寝ていい?」



駄目かなというようには令の目を遠慮がちに見やる。

こんな嬉しい申し出に、令が断るはずが無かった。



  「いいよ」

  「ありがとうお姉ちゃん!!」



は顔を輝かせて令に抱きつく。

令もしっかり抱き寄せ、の首に顔をうずめた。



  「お姉ちゃんいい匂い」

  「だって同じだよ」

  「同じの使ってるもんね。でもなんていうかな、お母さんとも違う誰のでもない、お姉ちゃんの匂いがするの」



はそういうとさらにぎゅっと令に抱きつく。

令もその言葉になるほどと思っていた。

母親とも自分とも確かに違う。

何故かそれはとても安心できるものだった。



  「そろそろ寝なきゃね」

  「うん!」



いつもよりちょっと窮屈だけれど、それはなんだか幸せな気分にしてくれた。

令はの背中に腕を回し、優しく引き寄せる。

も嬉しそうに令にぴったりと身体をくっつけた。



  「おやすみなさい」

  「うん、おやすみ」



部屋に静寂が訪れる。

聞こえてくるのはお互いの呼吸だけだった。



  「お姉ちゃん」



寝てしまったかと思っていたはまだ起きていた。

ゆっくり顔を上げ令と視線を合わせると、は恥ずかしそうに言った。



  「あのね。私の好きな人はお姉ちゃんと由乃ちゃんだって言ったでしょ。あれ、少しだけ嘘なの」

  「え?嘘?」

  「うん。もちろん2人とも大好きだよ?でもね一番大好きな人がいるんだ」



思いもよらぬ発言に令は不安になってくる。

まさか他に好きな子いるんだとか言い出すのではないかという考えが頭をよぎった。

そう、鉄之助君とか。

あまりその先を聞きたくないなぁと令は思う。



  「もしかして道場の子だったりする?」

  「うん、そうだね。たまにしかでてないけど」

  「たまに出てくる子・・・」

  「強いし、かっこいいし、優しいし、勉強も出来るし・・・・」

  「す、すごいね」



出てくる言葉は褒め言葉ばかり。

そんな人間がいるのかというくらい、聞いていると完璧な人物に思えてくる。

そんな子がの近くにいるとは思いもしなかった。

由乃とまた調査しないとなと思っていると、ようやくその人物の欠点がの口から出てきた。



  「でもその人、少し心配性みたいなんだ」

  「へぇ」

  「今日も早く帰ってきたしね?」

  「へっ!?そ、それって」

  「私が一番大好きな人は・・・令って言う人なんだ」



窓から少しだけ入る月明かりに照らされ、の顔が赤くなっているのが令には分かった。

そして自分も負けずにそうなっている事も。

身体が熱くなっているのがその証拠。

は言った後すぐにおやすみと布団にもぐってしまう。

令はの背中に回していない方の手で、がしがしと頭を掻いた。

早く脈打つ心臓を少し落ち着かせるために令は深く深呼吸をする。

そして令は、心の中で呟くのだった。




当分、妹離れが出来そうにない・・・。

と。