気づけば、目の前にはきょとんとした表情をしたの顔があった。
そこでようやく自分のしてしまったことに気が付く。
「あっ」
私は慌ててから身体を離すと、もはっとした様子で視線を泳がせながら、また前を向いてしまった。
さっきまでこんなことするつもりは無かったのに、無意識に身体が反応してしまったことに自分でも驚く。
そりゃまあ、とキスがしたいななんて思ったことは何度もあった。
でもそれはただ私が思っただけであって、やっぱりの気持ちも考えないとなって思ってたんだけれど。
クラスメイトはもちろんだけれど、蓉子や江利子たちとも違う関係。
一緒にいるとすごく心地よくて、会っていない時間が長くても今までずっと一緒にいたように感じさせる。
別に話をするわけでも無く、けれどその間の沈黙さえも心地よい。
それはきっともそう思っていてくれたはずだ。
だからふらりと私の元にやってきてはただ隣に座ってまったりと過ごしていく。
そんなとても不思議な関係だった。
けれどいつしかあまりの心地よさに、私の中でに対する思いはどんどん形を変えていって、いつしか恋と言うものになってしまった。
最初は戸惑ってどうしようかと悩んだ。
私は今までの関係を壊したくなかった。
でも、私の思いはどんどんと膨れ上がっていくばかりで、もがけばもがくほどはまって行く底なし沼のようだった。
だから今まで頑張ってたんだけれど、我慢してきたのだけれど、の横顔を見ているうちに抑えきれなくなってしまっていた。
はどう思ったんだろうか。
私のことを嫌いになっただろうか。
真っ直ぐ先を見つめているの横顔からでは分からない。
でも私は不謹慎かも知れないが後悔なんてしてなくて、それよりも無性に嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「今の……ファーストキスだったんだけど」
抑揚の無い声では言った。
まるで何とも思っていないような、そんな感じに。
ただそんな事があったなぐらいに。
何故だか少し悲しい気持ちになる。
嫌ならそれでも良かったのかもしれない。
きっと何かしら私は反応が欲しかったのだろうと思う。
自分でもなんだか良く分からなくなってきて、不意に出た言葉は「ごめん」だった。
「別に謝って欲しいわけじゃないよ」
「うん。でもごめん」
もう一度誤るとは何も言わなかった。
また胸の奥がきゅっと切なくなる。
でもこれだけは伝えておきたかった。
今よりもさらに苦しくなろうとも。
「けれど言わせて。今更だけれど、私はの事が好きなんだ。だから恨まれたとしても後悔してない」
「そりゃまた随分勝手だね」
少しだけ笑ったように聞こえた。
もしかしたら呆れているのかもしれない。
「……いいじゃん」
惨めにも私はそんな事しか言えなかった。
「ま、そこが聖らしいけれど。……ねえ、聖、良いこと教えてあげる」
予想外な展開に私は顔を上げてを見た。
少しにやりと口の端をあげているのは、が機嫌のいい証拠だ。
私はさっきまでのギャップとその「良いこと」発言に首をかしげる。
なんだかはとても嬉しそうだった。
「聖はさっき“私は”って言ってたけれど違うよ。“私も”に直した方がいいね」
「…えっ!?そ、それってもしかして!!」
私は驚きのあまりに身を乗り出して、の肩に手を置いて身体を揺すった。
はくすぐったそうに笑っている。
その表情が可愛いんだよなぁ……って今は見とれてる場合じゃなかった。
はそっぽを向いて立ち上がると歩き出してしまう。
「それっても私のこと好きってこと!?」
「さあ?どうだろうね」
さっきよりもにやにやと楽しそうに笑っている。
時々私をからかう時の表情なんだけれど、これって嘘で遊ばれてるって事なのだろうか。
いくら聞いても「さあ」の一点張りで答えてくれる気は全く見られない。
嬉しい気持ちは空気の抜けた風船みたいに急にしぼんで、その代わりに不安が押し寄せてくる。
私はその場に立ち止まっての後姿を見つめた。
違うなら違うと早く言って欲しい。
勘違いで舞い上がっているなんて悲しすぎるから。
私が立ち止まったことに気がついてが振り向くとすごく驚いた顔をした。
「聖、なんていう顔してんの」
「……だってが」
「あー…。参ったな、そんな顔されたら言うしか無いじゃん」
はぁっとため息をついたかと思うとぽりぽりと頬をかいている。
その後意を決したように私の目を真っ直ぐに見つめたかと思うと、
「聖、大好きだよ」
頬を染めながら恥ずかしそうに、でもしっかりとした声でそう言ってくれた。
私は私で嬉しさのあまり意識がちょっと吹っ飛んでいって、気がついたらがすぐそばまで来て怪訝な表情をして見上げていた。
「ちょっと聖大丈夫なの?」
「え?あ、うん。平気平気。嬉しすぎてちょっとね」
「そ、そこまで反応されると恥ずかしいんだけれど」
「だって、嫌われたかもって思ったんだもん。ねえ、これ夢じゃないよね?」
私がそう言うとは苦笑いをして「ちょっとだけしゃがんで」と袖を引っ張っる。
「!?」
「夢じゃ、ないでしょ?」
そう言って顔を真っ赤にしながらはにっこりと笑った。
もちろん私の顔も負けないくらい真っ赤に違いない。
は私の制服を引っ張って、背伸びをしながらそっと触れるような、けれどこれ以上無い気持ちのこもったキスをしてくれた。
