息をするのと変わらないくらいにそれはとても自然で、私はそのとき何が起こったのか分からなかった。

ただ脳裏に残るものは温かかったとか、柔らかかったとか、それと顔が近かったとかそんな断片的なものばかりで感情なんて付いてこなかった。

今一度良く考えて、初めて自分に何が起こったのかが理解できると身体がカッと熱くなった。

授業で急に指された挙句、自信満々で答えたものが間違っていてみんなに笑われたときのように。

どくんどくん。

脈打つ音が耳の奥でこだまする。

けれどそれは例えの時のように不快なものではない。

こんな気持ちにさせた張本人はと言うと嬉しそうな、でも少しだけ困ったような顔をしている。

違うな。

困ったと言うよりか何て言えばいいんだろう、申し訳なさそうなと言った方がしっくりするかもしれない。

私たちはそういう事柄をする間柄ではない訳で、でもされたからには向こうはそういう対象で私を見ていたのだろう。

けれど私はちっとも嫌ではなかったし、むしろなんと言うか、まあ、嬉しかったわけで、きっと私も同じ思いなんだと思う。

今まで気づかなかった自分の気持ちにちょっと驚いてしまった。

話がしたいとかそういうことは無くて、傍にいるだけで何故だか落ち着く存在だった。

いつの間にか、気がつけば一緒にいるようになっていた。

いつからなのかは分からない。

でも知らないうちにこの思いは少しずつ成長していた。

しかし不覚にもと言うか、自分の気持ちを相手から気づかされるのはなんだか負けたような気がして、意味もなく悔しい気持ちになる。

だからなのかもしれない。

正直嬉しかったのに素っ気無いように振舞ってしまったのは。




「今の……ファーストキスだったんだけど」



自分で言っといてなんだがすごく恥ずかしくなる。

分かりきっていたとは言え、言葉にすると何でだろう頭で思っているのと違ってまた衝撃がやってきた。

さっきより嬉しい気持ちがぐっと強くなって、気を緩めるとにやけてしまいそうだ。

だから目をあわさないように自分の目先真っ直ぐをじっと見つめていた。

隣に座っている人物はいったいどんな顔をしているのだろうか。

さっきと同じなのかな?それとも……、



「ごめん」



返ってきた言葉は意外なものだった。

思わず聖のほうに顔を向けそうになる自分を抑える。

何で謝るの?

さっきのは聖にとってただのスキンシップでしかなかったわけ?

そんな思いがぐるぐると巡る中、自分が思っている以上に聖の事が好きになっていた事に苦笑いが漏れた。



「別に謝って欲しいわけじゃないよ」

「うん。でもごめん」

「………」



だから謝って欲しいわけじゃない。

もっと違う言葉が欲しいんだ、違う言葉が。

隣で聖が息を深く吸い込むのが分かった。



「けれど言わせて。今更だけれど、私はの事が好きなんだ。だから恨まれたとしても後悔してない」



あっさりと聖は欲しかった言葉をくれる。

好きだって、そう言ってくれた。

嬉しすぎて何て言っていいのか分からなくて、照れ隠しにまた意地を張ってしまった。



「そりゃまた随分勝手だね」

「……いいじゃん」

「ま、そこが聖らしいけれど。……ねえ、聖、良いこと教えてあげる」



「良いこと?」と言った聖は首をかしげているのだろう。

見えないから分からないけれどきっとそうだ。



「聖はさっき“私は”って言ってたけれど違うよ。“私も”に直した方がいいね」

「…えっ!?そ、それってもしかして!!」



さっき不意打ちを食らったぶんを少しは返すことができただろうか。

ゆさゆさと肩を揺さぶられるのがなんだかくすぐったくて、つい笑ってしまった。

私は顔を合わせずに立ち上がって歩き出す。

これ以上は我慢できなくなってしまうから。



「それっても私のこと好きってこと!?」

「さあ?どうだろうね」



きっと聖の顔を見たら笑顔で言ってしまいそうだから。

とめどなく溢れてくるこの思いを。

だからもう少しだけこのままで歩こう。

もう少しだけ、友達のままで。