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「たまにはこういうのもいいよね~」
紙袋を持ち上げてその中身を見てみると、じつに美味しそうなケーキとビスケットが入っていた。もちろんこれは私のではない。ゴロンタのであるわけで、いわゆる今流行のペットにもあげられるやつだ。
初めて見たとき美味しそうで危うく自分が食べそうになってしまった。なにせ普通にお皿に盛ってあったのだから。母さんはそれを私が見てどうするかと思って見ていたらしい。なんて性質が悪いんだろう。
まあ、見事にその策に私は嵌りましたがね。一口食べちゃったじゃないか、母さんのばかやろう…。
わざわざ私をからかう為に買ってきたのかと怒っていたらどうやらゴロンタに買ってきてくれたらしい。たまに私が餌を持って行っているのを知っていて、一度くらいこういうのも良いだろうと思って買ってきたというのだ。しかもバレンタインだからと。関係あるのか無いのか私には今一謎だったが、ゴロンタが喜んでくれたらそれでいいと今日早速持ってきたのだ。
「ゴロンタ。ゴロンター!」
いつもゴロンタに会う場所の近くで名前を呼んでみる。はたしてゴロンタが自分の、しかも勝手に呼ばれている名前を認識しているかどうかは定かではないけれど、一番長く聞きなれてるだろうから覚えているんじゃないかと思いたい。
柄にも無く猫の鳴きまねまでしてみるが反応は無く、どうやら今日は近くに来ていないようだった。折角なので少し待ってみようかと考えながらもう1度鳴きまねをしてみると、茂みの中から「にゃーん」と言う声が返ってきた。
「ゴロンタいるの?今日はいつもと違うご飯持ってきたんだよ」
鳴き声のするほうへと少しずつ近づいていくと、そこにトラ模様をしたゴロンタ―――ではなく、
「…何してるの聖さん」
見慣れたクラスメイトの姿をみつけた。どうやら茂みの中にうずくまって隠れていたらしい。しかも、ゴロンタの姿が近くに無いという事からして、さっきの猫の鳴き声はこの人だったらしい。
今までのを一部始終見られていたのかと思うと、凄く恥ずかしくなってきた。なんで居るなら居ると言ってくれなかったんだ。
腹立たしくなってきた私の目の前で、聖さんは楽しそうににやにやと笑っているではないか。その顔に是非とも一発パンチを食らわしてやりたくなった。
「いやー、良いものを見た」
「……性質が悪い」
「まぁまぁそんなに怒らないでよ。凄く可愛かったよ?」
「それはどうも!」
何が可愛いか。そんなの皮肉にしか聞こえない。
特に何もしていないけれど聖さんの所為で疲れた私は、開けた場所に腰を下ろした。リリアン生としてはあるまじき行為かもしれないが、私には関係ない。ようはばれなければいいのだ。
すると隣に疲労の原因となった聖さんまでもが腰を下ろす。ちらりと恨ましげに視線を送ったけれどそんなのを気にする風も無く、何故だか嬉しそうににこにことしていた。
いつも思うけれどなんだか嫌味が通じない。むしろそれを喜んでいるように感じるのは気のせいだろうか。ま、どっちでもいいか。
「ほんとに可愛かったよ」
「まだ言うか」
「ほんとだってば」
「はいはい」
「……何でいつも冗談にしかとってくれないのかな」
面倒くさいので適当にあしらっていると聖さんは何事かぶつぶつとぼやいている。何を言っているのかまではわからないけれど不満を漏らしているようだ。
「そういえば、聖さんはこんな所で何をしてたの?」
「んー?ちょっとね……」
「ちょっと何?」
「内緒」
「そ。私はてっきり落ち込んでるのかと思った」
朝よりなんだか元気がなくなっていたもんだからそう思っていたんだけれど。
なーんて言ってみたら図星だったのか聖さんは驚いた表情をした後、見るからに落ち込んでますと言わんばかりにうな垂れてしまった。どうやら結構重症らしい。一体何があったのか聞いたほうがいいのだろうか。でも聞いて更に落ち込ませるのは避けたいし。
こういう時はどうしたらいいのかと悩んでいるうちに、聖さんがぽつりと呟くのが聞こえた。
「貰えなかったの」
「えっとー…何が?」
「今日何の日か知ってる?」
「今日?んーっと……あ!バレンタインかな?」
こくんと頷く聖さん。けれど待てよ。私の記憶によると聖さん朝から大量にチョコやらクッキーやら色んなものを同級生や下級生に貰っていたはずだけれど。
「いっぱい貰ってなかった?」
「そうだけど、欲しい人からは貰えなかった…」
「ああー…。なるほどそういう意味ね」
どう励ましてよいものやら、そんな経験をしたことが無い私にはかける言葉がみつかるはずも無く、深い溜息を付いて落ち込む聖さんの姿を見守ることぐらいしか出来なかった。
「しかも、私にはくれなかったのに誰かには渡すみたいだし…」
ぼそっとまた聖さんは何かを呟いたが聞こえず、聞き返したが「なんでもない」とはぐらかされてしまった。そして何故かじとーっとした視線で私を見てくる始末。いや、正確には、私ではなく私が手にしている紙袋といったほうがいい。くれと言わんばかりだけれどこれは決してあげられない。食べようと思えば食べられるけれどもお勧めはしない。
「悪いけれどこれはあげられないよ」
「誰かに渡すの?」
「うん、まあ。あげようとは思ったんだけれど、気まぐれだから居なかった」
しょうがない。なんたって野良猫なんだから自由気ままに歩き回っているさ。
しかしこれ持って帰ってもしょうがないし、どうしようかなぁ。見知らぬ近所の野良猫、又は野良犬にでもあげようかな。それとも……
ここに来てあるひとつの考えが浮かぶ。いやいや駄目だと思いつつもどうしてもやってみたいという好奇心が抑えきれない。もし、これが成功すれば仲間が増えるというものだ。そう、私1人だけではないということが証明されるんだ。あんなに物欲しそうに見ているし、食べても特に問題は無いらしいし、実際食べた私は何とも無かったんだから一口ぐらいは平気だろう。
「そんなにこれ欲しい?」
「え?くれるの?」
「いいよ。でも後悔するかもよ?」
「しないしない!」
まるで欲しかったおもちゃを買ってもらえるという子供のように、目を輝かせて言うもんだから流石に罪悪感が湧いてきた。やっぱりやめておこうかなと思ったけれど引くに引けなくなって、紙袋から比較的食べても平気そうなクッキーを差し出した。
聖さんは嬉しそうにそれを受け取ると迷い無くぱくっと一口含んだ。まさかそれがペット用なんていうことは微塵にも思っていないだろう。もぐもぐと口を動かす聖さんは「あれ?」っという様な表情をしていた。
「味が無い?薄いのかな?」
「多分薄いんだと思う」
「薄味好みなの?その子」
「さあ、どうなんだろう。栄養とかそういう問題でそういう味になってるんじゃないかな」
「なってるんじゃないかなって…。これ名前1さんが作ったんじゃないの?」
「ううん。それを作ったのはお店の人。ちなみにそれゴロンタにあげるやつなんだー」
その瞬間、聖さんは雪女に出会って氷付けにされたように固まってしまう。今ので自分が食べたものがいわゆるペットにあげるお菓子なんだということに気が付いてくれたらしい。申し訳なさ半分、仲間が増えたことによる嬉しさ半分な気持ちになる。けれどちゃんと謝罪はしようと思った。
その聖さんはというと、口の中の物をどうしたらいいのか困っていた。出すにも出せないし、飲み込んでも平気なのか不安らしい。一応人間が食べても平気だということを言ったら少し躊躇はしていたものの、ごくりと飲み込んでいた。
「…名前1さん酷いよ」
「ご、ごめんごめん。いやさ、私以外にもこの外見に騙されて食べる人を作りたくてさ」
「名前1さんも食べたんだ…」
「うん…。お皿に乗ってたし」
「そっか」
さっきよりも重たい雰囲気になる。聖さんも落ち込んでいたが、私も落ち込んでいた。誰かこの重たい空気をどうにかしてくれないだろうかと思った時、近くの茂みから私でも聖さんでもない「にゃーん」と鳴く声が聞こえた。
がさがさと茂みを揺らしながら姿を現したのは、今度こそ正真正銘のトラ模様のゴロンタだった。
「あ!ゴロンタ来てくれたんだ」
「にゃーん」
「おいでおいで~。今日はいい物持ってきたんだよ」
ごろごろと喉を鳴らしながらゴロンタはやってくる。最初はこれでもかって言うくらいに警戒していたけれど、今では慣れたらしく寄ってきてくれるようになっていた。まだ触れるのはご飯食べているときだけれど。それでもかなり進歩したもんだ。
紙袋から美味しそうに見えるケーキを取り出してそっと地面に置くと、ふんふんと匂いをかいで確かめた後ゴロンタはケーキを食べ始めた。どうやら気に入ってくれたらしい。これは持ってきた甲斐があったようだ。私は抜かりなくゴロンタを撫でた。
「それよりさ、さっきから気になってたんだけれど」
「うん?」
「聖さんの持っているそれって何?」
取り合えず触れはしなかったんだけれど、隠すそぶりも無かったので聞いてみた。たぶんそれこそ食べ物だと思うんだけれど、いい匂いするし。
「こ、これは…」
「これは?」
「その、カップケーキ」
「カップケーキかぁ。いいね、貰ったんだ?」
「ううん。貰ったんじゃなくて…、作ったの」
「へぇ~…。って、え!?聖さんが?」
「そう、私が」
「ほあー、聖さんが」
貰うばっかりのイメージだったからなんか驚き。そりゃ聖さんだって女の子だもんね、お菓子作ったりするよね。いや、別に男の子は作らないとか、女の子だけれど作らないとどうなんだとかの話になると困るんだけれど、それぐらい私にとっては聖さんがお菓子を作るという事が衝撃的だったわけだ。
そう思っていたのは何も私だけではなく聖さんもそうだったらしい。その証拠に恥ずかしそうに赤く染めた頬をカリカリとかいていた。意外だったけれど、でもそういう聖さんも私は良いと思った。
「そっか。貰う人きっと喜ぶと思うよ」
「本当にそう思う?」
「思う。なんたって気持ちがこもったものだもん、嬉しいに決まってるよ」
「じゃあ、受け取ってくれるよね?」
「受け取るよ!って、え?これ私に?誰か他の人に作ってきたんじゃないの?」
「ううん、名前1さんに。名前1さんのためだけに作ったんだ。貰ってくれる?」
「もちろん!わぁー、ありがとう」
まさか私に作ってくれたんだとは思いもよらなかった。聖さんのからカップケーキを貰える人は羨ましいななんて、ちょっと嫉妬していたりもしていたんだけれど、それが少し先の自分だとは。
早速受け取った紙袋を開けて、聖さん特製のカップケーキを頂くことにした。
「はい、聖さんも一緒に食べよう」
「うん」
「それじゃあいただき「にゃーん」
食べようとちょうど口を大きく開けた時、ゴロンタの泣き声が足元から聞こえた。どうやら自分の分を食べ終えたゴロンタは私たちのを狙ってやってきたらしい。今度は聖さんでは無く、ゴロンタが物欲しそうな目で私を見ていた。
もしこれがいつものお弁当や、どこから買ってきたお菓子とかならばあげたかもしれない。けれど今私が手にしているのは聖さんが作ってきてくれた特別なカップケーキ。これは何人たりとも譲ることは出来ない。そうそれがたとえ家族であろうともだ。
「ごめんねゴロンタ。これは特別なものだからあげられないんだ」
「名前1さん、特別なものって」
「だって聖さんが私のためだけに作ってくれたんでしょ?だったら私にとって特別なものじゃない」
だからごめんね、とそうゴロンタに言うと理解してくれたのか、一声鳴いてからまた茂みの中へと姿を消してしまった。
「じゃあ気を取り直して、頂きます」
「…どう?」
「うん、おいしい~」
「ほんと?良かった、初めて作ったから正直不安でさ」
「そうなの?初めてにしては上出来すぎだと思うよ」
「いっぱい失敗したけれどね」
聖さんはそういって笑うと手にしていたカップケーキをぱくりと食べ始めた。なんだかこうして外で芝生に座りながら食べるのもいいな。シスターに見つかったら大目玉だけれど、それはそれで良いかもしれない。聖さんとこうしていられるのなら、それは安い代価だろう。
ふと聖さん顔に視線をやると、頬にケーキくずをつけているのを見つけた。まるで子供みたいだと可笑しくなってくつくつと笑っていると、それに気が付いた聖さんが怪訝な顔をして「なに?」と言った。私は何も言わず手を伸ばしてケーキくずを取ってそれを口に含んだ後、ふと、これはなんだか恋人みたいだなぁと思った。
聖さんと恋人か……色々大変そうだ。きっとやきもちを妬いてばっかりなんだろうな。聖さんは人気者だから。
「って、どうしたの聖さん」
「だ、だって今、今の」
「ん?恋人みたい?」
頬を押さえたまま聖さんはうんうんと頷いた。
「聖さんの恋人…悪くは無いと思う」
「え!?それって」
「でも大変だろうねきっと」
「な、なんでよ」
「だって聖さん人気者だし。現に今日いっぱいチョコやら何やら貰ってたじゃない?嫉妬しまくりだと思うんだ」
「だったら!だったら今度からは貰わないし、それに私が見ているのは1人だもの」
「…そうだね。聖さんはなんだかんだ言って一途だもんね」
「うん、安心して」
「ん、安心した。これなら聖さんの恋人になる人も大丈夫だね!」
「………」
ね?ってにっこり笑って言ったけれど逆に聖さんは渋い顔をしている。何がそんなに不満なのか、私は何も変なことは言っていないのに。ここは安心してはいけないところだったのだろうか?さっぱり分からない。
「さっき名前1さん私の恋人をするのは悪くないって」
「うん?」
「いや、うん?じゃ無くてさ…。だから私は名前1さんにこ「にゃーん」なって欲しい」
「あ、ゴロンタおいで」
呼ぶとゴロンタはとことこと駆け寄ってくる。ご機嫌なのか気まぐれなのかわからないけれど食事中ではないのに触らせてくれた。
それよりも真剣な表情で聖さんが何かを言っていたみたいだけれど、ゴロンタの鳴き声がちょうど被ってて聞こえなかったんだった。
「ごめん聖さん、さっきなんて言ったの?私に何かになって欲しいって」
「……なんでもない」
「え?いや、でもさっき確かに何か言ってたでしょ」
「なんでもないの!」
そう言うと聖さんは立ち上がって校舎の方へと走っていってしまった。遠ざかる後姿はなぜか哀愁が漂っていて微かに「ゴロンタのばかー」っていう聖さんの叫び声が聞こえてくる。私はゴロゴロと喉を鳴らしているゴロンタと、遠すぎてかろうじて聖さんだと判る後姿を交互に見て首を傾げるばかりだった。