いつからなのかわからない。
生まれたときからなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
記憶に残っている限りで、私は家族で笑い合うなんていう思い出は全くと言って無かった。
写真を見ても私はいつも無表情で、そして一緒に写っている家族も同じような表情をしていた。
そもそも写真自体が数枚しかない。
きっと何かの行事とかそういったとき以外は撮っていないんだろう。
それを見て悲しいとか寂しいとか、そういった感情は不思議と沸かなかった。
こんな見てもつまらない写真なんて無いほうがましだと、私はそう思ってさえいるのだから。
客観的に見ると笑えてしまうほどに私の家族は淡白だ。
この家の人間たちは、私にほとんど興味を示す事は無かった。
その瞳に本当に映っているのかさえ疑問に思ったときもある。
別に虐待を受けている訳ではない。
食事もあるし、必要なものも用意してくれる。
話しかければ簡素であっても返答はある。
やりたい事があれば好きにやらせてくれる。
そう、特に問題は無い。
あるとすれば、そこに愛情というものと興味というものが無いということだけだ。
入園式だろうがお遊戯会だろうが卒業式だろうが、ほとんど親代わりは先生だった。
来たと思っても少しだけ留まり、後は先生にお願いしてさっさと仕事へ戻ってしまう。
別に仕事が好きなわけではないはずだ。
ただ私と居てもしょうがないと、だったら仕事をしたほうが効率的だと思っていたんだろう。
私も私でそれをなんとも思わなかった。
それが普通なのだと思っていた。
いや、普通になってしまっていたのかもしれない。
それまでに私は独りでいるのが当たり前になっていたのだ。
騒ぐわけでもなく、泣くわけでもなく、わがままも言わず大人しい。
それに付け加え、笑うこともほとんどなかったように思う。
これじゃあまるで生きている人形じゃないかと、いや、人形でさえ笑っているというのにと今はそう思って苦笑してしまう。
そんな私に大人たちは“良い子”だと言っていた。
でもその影でこう言っていたのも知っている。
“可哀相な子”だと。
だから幼い私はその言葉から自分を守れるように、心も胸のずっとずっと奥にしまった。
そんな私を変えるような、強く惹かれる人物に出会えるだなんてこれっぽっちも考えてみなかった。
私とは正反対の人。
笑ったり、怒ったり、泣きそうになったり、困ったり。
表情がくるくると忙しそうに変わる。
まるで百面相のようで、そんな彼女を見ているのが私は大好きだった。
「さんはクールでかっこいいよね」
あるとき彼女にそんな事を言われ、珍しく目をぱちくりとしてしまった。
私はその言葉にどう答えて良いのか困惑する。
当然ながらその気持ちは表情には出ていないらしく、きっと彼女からみればいつもの無表情な私に見えているはずだろう。
それはいつの間にかできてしまった私の悪い癖。
私は彼女に出会うまで、他人もそして自分さえも客観的に淡々と見ていたから。
彼女はそんな私にお構いなく、にこにことしながら話し続けていた。
「私ってすぐ顔に出ちゃうんだ。だからさんが羨ましいな」
「私が、羨ましい?」
「うん。だって私と違って何事にも動じないし」
ああ、祐巳さんは勘違いをしている。
それは単に顔に出ないだけの話しだ。
私だって動じることがたくさんあるし、今まさにその最中だというのに。
私は左右に頭を振って、今しがた祐巳さんから出た発言に否定の意を示した。
「さん?」
「それは違うよ」
「へ?な、何が?」
「祐巳さんは私のこと勘違いしてる。私はそんな羨まれる価値なんてないよ」
私がそう言うと祐巳さんはえっ?と驚いた顔をした。
真ん丸く見開かれた目が可愛らしい。
そう、羨ましいのは私の方だ。
そうやって素直に気持ちを表せるのはとても素晴らしいことだ。
私には無くて、そして欲しいもの。
それを祐巳さんは持っている。
「そうやって気持ちを表せることはとても素敵なことだと思う」
「そんなこと「あるよ」
私は祐巳さんの言葉を遮った。
困惑した顔の祐巳さんに私は微笑む。
でもきっと祐巳さんにはいつもと変わらない私なのだろうけれど。
「いつか祐巳さんみたいに、笑ってみたいな」
ふっと口をついて出た言葉に自分自身驚いてしまった。
いつもはこんなこと絶対に言わないというのに。
これはきっと祐巳さんの影響なのだろう。
彼女は皆に愛されている。
本当に素敵な人だと思った。
私も祐巳さんのように在りたいと言う気持ちが、心のどこかで芽生え始めていたんだろう。
胸のずっとずっと奥にしまっていた心は、知らないうちに少しずつ外へと出ようとしていたらしい。
そう、福沢祐巳という人物に惹かれて。
「祐巳さんは私の憧れ」
そう言うとまた彼女は私の大好きな百面相を始めてしまった。
それがなんだか可笑しくて、嬉しくて、暖かくて、私は少しだけ本当に笑えたような気がした。